編者:小笠 毅
出版年:2019年
出版社:岩波書店
ひとこと
15年ぶりに改訂された就学時健診のマニュアルが、2018年度から全国の小学校や関係機関での使用が開始されたそうだ。
本書は、改定された就学時健診の内容を説明するとともに、特別支援教育の現状について解説する。
本書は、お値段が620円と経済的。薄い本なので読みやすい。
就学時健診に関する基本的な情報を知りたい人におすすめの本だ。
本書の編者
本書の編者は、東京武蔵野市で遠山真学塾という塾を経営している。
本書によれば、この遠山真学塾は40年近く前から学習が困難な子どもたちにも算数を中心に教えている塾である。
実は私はこの塾の名前は以前ネットで調べて知っていた。我が家の長男は小3の頃、一番、算数ができなくて困っていたので、勉強が苦手な子どもに算数を教えてくれる塾を探していたとき、遠山真学塾をネットで偶然見つけた。
ただ、遠山真学塾の場所が我が家から遠かったので通うのは断念した。
現在の我が家の経済状態ではこの塾に通うことは難しい。
でも、きちんとマンツーマンで算数を教えて頂けるようなので頼もしい塾だ。
余談だが、遠山真学塾の先生方は親子で算数や数学を勉強する本を出版している(授業をたのしく支援する教えてみよう算数―数の誕生から四則計算小数と分数単位あたり量まで・中学生からの教えてみよう数学―正・負の数から文字と方程式、正比例・反比例、関数まで)。
こういう本を親子で算数や数学を勉強するのに活用してみようかなと思う。
本書の内容
本書は大別して、
(1)就学時健診の基本的な流れ
(2)就学時健診の課題
(3)特別支援教育の現状
(4)インクルーシブ教育を見据えた特別支援教育とは
で構成されている。
本書で新たに知ったこと
事前調査用紙への記入事項
今回の就学時健診のマニュアルの改訂で、就学時健診のときに提出する事前調査用紙に「乳幼児健診で指摘されたこと」を記入する欄が追加された(ただし記入したくなければ記入しなくてもよい)。
就学時健診の知能検査の際のチェック事項
改訂された就学時健診のマニュアルには「面接や観察などを通して行動や態度、情緒面に課題がある子どもの発見に努める」ことが書かれているそうだ。
たとえば参考例としては、面接時に勝手に立ち上がる・席を離れる・視線が合いにくい・人前で話さないなどである。
また、発達障害の疑いがある子どもをスクリーニングする際に、文科省が作成した「教育支援資料」(平成25年)を参考にすることや、事前に保護者や幼稚園、保育園の先生から聞いた子どもの様子についての実態を把握し、面接時に参考にすることも、改訂された就学時健診のマニュアルに記載されているそうだ。
ここでいう「教育支援資料」とは、別の記事(書評)発達障害バブルの真相でも取り上げた、文科省が作成したあの悪名高き発達障害チェックリストのことだろうか。
特別支援学校を希望する場合
特別支援学校に入学を希望する場合、就学相談で保護者も本人も特別支援学校に入学を希望していることを伝えれば、特別支援学校への入学が認められることが多いそうだ。
特別支援学校に入学する予定の子どもは就学時健診を受けないことが多いことを考えると、今回の就学時健診のマニュアル改訂は、軽度の発達障害を早期発見して選別することに主眼が置かれているのだろう。
本書で気になった点
その1:就学相談が義務だと誤解する可能性
学校や行政を刺激しないように配慮したためか(?)、本書は全体的にマイルドな表現で記載されている。
このため、本書を読むと、就学先に悩んでいる人は就学相談を受けるのが義務だと勘違いするような気がする。
本書に記載されているように、日本が障害者権利条約に批准したのを受けて、就学先の決定については本人・保護者の意見を最大限尊重しなければならないと文科省が通知を出している。
しかし、実際は、発達検査の結果等に基づいて、就学支援委員会による「判定」によって就学先が決定していることが多い。本書にもこの点が取り上げられていて、この「判定」と本人・保護者の意向とが食い違う場合に就学先決定がこじれるようだ。
本書によれば、判定内容に不服がある場合、行政不服審査法に基づく審査請求をする方法があるとのことだ。
つまり、「判定」というのは行政処分であるため、覆すのに手間がかかるのだ。だから、特に必要性を感じないならば、安易に就学相談をしないほうがいいと私は思う。
就学先決定がこじれないようにするためには、就学先について本人・保護者の意向をまず決め、本人・保護者側の意向にブレがないことを証明するためにも、支援級か普通級か迷っているのならば、安易に就学相談を受けないほうがよいだろう。
その2:特別支援学級の課題
本書には、特別支援学級の課題として、特別支援学級の先生が変わるとカリキュラムがガラッと変わってしまう点・特別支援学級でビジョントレーニングやSST(ソーシャル・スキル・トレーニング)を主に行うところでは、通常教科については家庭で補充しなければならず家庭の負担が大きい点が挙げられている。
昔、うちの長男が就学先を決めるときに特別支援学級について懸念していたことと同じである。
これらの問題は10年経っても相変わらず解消されていないようだ。
その3:障害児の差別と選別の場である就学時健診
本書に記載されているように、改訂された就学時健診のマニュアルによれば、就学時健診が障害児の差別と選別の場として強化されていると思う。
編者はこの点を一番主張したかったのだと私は思う。
しかし、本書の記載が全体的にマイルドになっていて、編者の思いが強く伝わってこないのがちょっと残念だ。
お子さんが就学をひかえたご家庭は、通っている幼稚園や保育園、療育施設に対して、就学先に関する保護者の意向を最初にはっきりと伝えておいたほうがよいと私は思う。