タイトル:林原家 同族経営への警鐘
著者:林原健
出版年:2016年
出版社:日経BP社
感想
本書は、数年前に倒産した同族企業の社長の回顧録である。
でも、よくある社長の回顧録とは違って、著者が本書で述べていることはなんというか、哲学を感じさせるところがある。
「倒産した同族企業の元社長の回顧録」以上の価値が十分にある本だと思う。
同族企業への警鐘
本書のサブタイトルは「同族経営への警鐘」である。
サブタイトルとは裏腹に、本書には同族経営への批判が書かれているのではない。
自らの経験を踏まえて同族経営をするときに気をつけるべきことが本書で述べられている。
特に、中小企業が研究開発するうえで重要だと著者が考えていることが述べられている。
本書を読んで改めて「会社というものは誰のものなのだろう?」という思いを抱いた。
同族企業にとっては、会社とは、実質的にはオーナー一族のためのものなのだろう。
同族企業のオーナーに生まれる人はほんの一握りだ。
同族企業のオーナーのように潤沢な資産をもっていない一般の人が、林原健氏を真似しようとしても残念ながら真似できない。
でも、将来のテーマ(種)をねかせておくことの大切さ・中小企業の技術開発戦略は大企業と同じであってはならないという著者の考え方が本書から伝わってきた。
そのほか、林原一族の生い立ちの話がとても面白かった。
一族に共通する性格的特徴が興味深い。
なぜなら、我が家にも少し似ているから(笑)
林原という企業
林原という会社をご存じだろうか?
この林原という企業は、一時は奇妙な(?)キャラクターを使って商品であるトレハロース(糖類の一種)をCMで宣伝していた。
林原は岡山を代表する食品原料・化学原料メーカーである。
以前は同族経営で、本書の著者である林原健氏(以下敬称略)が社長を務めていた。
林原は画期的な商品(トレハロース・インターフェロン・プルランなど)を製造販売し、業績も良く、一時は色々なメセナをしていた。
そういう意味では、堤清二氏が経営していたセゾングループにも似ている。
業績が良い会社として知られていたのにも関わらず、林原は2011年に会社更生法の適用を申請した。平たく言えば、倒産したのだ。
林原の倒産は当時、業界でかなり衝撃的なニュースだったと記憶している。
現在、林原という会社自体は存在するものの、酵素メーカーである長瀬産業の子会社になっている。
本書の内容
本書は、林原の社長を務めていた林原健による、林原の経営破綻の真相・林原一族の人たち・林原の経営戦略に関する本である。
個人的には、私は林原一族の人たちの話と、経営戦略についての話がすごく面白かった。
成り立ち
林原一族の成り立ちについての話が興味深い。
林原家は代々、長男が家督を承継してきた。
林原健の父親も長男(林原一郎)だった。
林原健の父親(林原一郎)は事業欲旺盛で、酒にも女にも興味がなく、ただひたすら事業に専念していた。
しかし、長男以外の兄弟は経営能力がなく、ギャンブル狂や酒浸りの者もいるという話が興味深い。
言うなれば、長男とその他の兄弟との違いは、ハマったものが事業かギャンブル・酒かの違いだけかもしれない。
ハマったものが何であれ、この一族の人たちはみんな「なにかに熱中する性格」であることは共通している。
林原家の人々の生存戦略は、事業で成功する人が一族にひとりだけでも出れば、そのひとりに頼って一族全員が生き残る…誰かひとりが有能であればそれで乗り切る…林原一族はそういう生存戦略で生き長らえてきた。
大企業と差別化
林原は四国を代表する企業とはいえ、いわゆる大企業ではない。
林原健は大企業との差別化について、本書で以下のように述べている。
・大企業の社長は4~6年で交代する。だから、この期間内に実績が出るような短期的テーマを選びがちなのが大企業の欠点である。
(感想)確かにそうかもしれない。社内ベンチャー制度を設けても、成果がなかなか出ないのが現在の日本の大企業の現状だ。
・中小企業は売上高100億円未満のテーマを選ぶべき。大企業は売上高100億円以上のテーマしか選ばない。
・市場調査をしない(市場に迎合しない)。
(感想)確かにそうだ。市場に迎合せずに将来の飯の種となるテーマをいかに撒いておくかが大切なのかも。
20年後に化けるような種(テーマ)を撒いておくことの重要性を著者は強調する。
昨今、大企業からヒット商品が生まれにくいのは、大企業が短期で結果が出るテーマばかり追っているからだろうか。
メセナについて
林原健は、社長時代1日3時間しか出社せず、メセナに多額のお金をつぎこんでいた。
多くの人は倒産の原因としてメセナを含む社長の無駄遣いを挙げ、社長がメセナに大金をつぎ込んだことに批判的だ。
しかし、無駄遣いはともかくとして、人と違う視点で独創的なアイデアを創出するには人と同じことをしていてはダメだという著者の考えに私は同意する。
確かに、五嶋みどりのために5億円のバイオリンを購入したのはいささかやりすぎだとは思う。
けれども、林原は岡山という地方都市を代表する企業である。
林原健は地元岡山を代表する企業の社長として、メセナを通した地域貢献の大切さを十分に理解していたと思う。
ベンチャーとしての同族企業の位置づけ
今回改めて本書を読み返してみて、日本における同族企業(特に製造業)はある意味、欧米でのベンチャーキャピタル兼ベンチャー企業のような位置づけなのかもしれないと思った。
社長が4~6年で交代する以上、今の日本の大企業は社長の独断で事業を長期間にわたり継続できない構造になっている。
社長の独断でテーマを選び、そのテーマにお金をふんだんに注入することは同族企業でなければできないのだ。
そう思うと、とかく海外から「閉鎖的」だと叩かれがちな日本の同族企業は、日本では数少ないベンチャーキャピタル兼ベンチャー企業の代替としての役割を果たしているのかもしれない。
井深大氏との交流
著者はソニー創業者の井深大氏と親交があったらしい。
研究開発に関してご両人には相通じるものがあったようである。
井深大氏といえば、晩年は「気」の研究にハマったりと、一部の人たちから「井深さんはトンデモ科学に嵌ってしまった」と嘆きの声が聞かれた人物である。
しかし今思うと、AIの発達が話題になる昨今、「気」はAIでは作り得ないものである。
そう考えると井深大氏に先見の明を感じ得ない。
仕事以外に大切なこと
「仕事以外に大事なことを見つけることが大切だ」と著者は言う。
著者は、仕事以外に空手に打ち込むことを信条としているそうである。
そうすることで、仮に仕事(事業)で失敗したとしても、一番大切なこと(空手)を心の拠り所とすることができる。
この点がとても参考になった。