療育機関や習い事のサイトを見ると、
ASD(自閉症スペクトラム障害)とADHD(注意欠陥多動性障害)それぞれの対応、
のように、ASDとADHDとで異なる対応をする、と書いてあることもある。
でも、そんなに細かく分ける必要ある?と思う。
薬物治療するならば別で、両者は分けて考えるべきなのだろう。
でもそれは医者がやることだ。
保護者は、こういう場合分けした杓子定規な対応をされるとすぐ気づく。
実際は100%ADHDなんて人はいないし、100%ASDなんて人もいない。
もっと言えば、
0%発達障害なんて人はいない。
多少なりとも、どの人もみんなごく軽度の発達障害。
みんなどこか違っているのだ。
疲れていれば、どんな子でも注意力散漫になるし、
嫌なことがあれば、どんな子でも何かにこだわることもある。
長男の今までの経験からすると、
保育園や幼稚園の先生は、
こどもひとりひとりに対して、柔軟性がある対応をしてくださる。
いわゆる発達障害の範疇に入らない子だって、
何かにこだわることだってあるし、
成長の過程や環境の変で落ち着かなくなることがあるのだ。
こどもが小さければ小さいほど、そうだ。
場合分けする施設よりも、
保育園とか幼稚園とか、
いろいろな子がいる環境に子どもを置いたほうが、
ひとりひとりを大切にした対応をしてくれると実感している。
長男のピアノレッスン:良い先生に出会えて良かった
長男が最近再開したピアノレッスンに関しては、
とてもラッキーなことに、
長男は、発達障害うんぬんという概念に毒されていない良い先生に出会うことができた。
とはいえ、何か所かピアノ教室を当たってやっと良いピアノの先生に出会った。
やっぱり、ピアノ教室ひとつ選ぶにも、いろいろと試してみるものだ。
わたしの感触では、
50代以上で学校教育とあまり縁がない世界で生きてきた先生のほうが、
発達障害という概念に毒されておらず、
生徒ひとりひとりに合わせた対応をすることを厭わない。
発達障害という概念が普及している世代ほど、
個別対応を面倒くさがる傾向があるように思える。
本当、発達障害バブルって一体、誰のためだったのだろう。

